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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)2538号 判決 1976年8月23日

原告

株式会社

テイ・ビー・エス興発

右代表者

横井庄太郎

右訴訟代理人

中尾昭

被告

株式会社

モーダ・ベーラ

右代表者

川口圭子

右訴訟代理人

山本栄則

外六名

被告

藤原玲子

右訴訟代理人

武田峯生

被告

鈴木博子

右訴訟代理人

山田基幸

外一名

主文

一  被告株式会社モーダ・ベーラは、原告に対し、別紙目録及び同目録添付図面に表示する建物部分を明渡せ。

二  被告らは、原告に対し、各自金一四六万六六四〇円及びこれに対する昭和四九年四月一六日から完済まで年五分の割合による金員並びに同年三月二四日から前記建物部分の明渡ずみまで一日金一万六二九六円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

1  主文と同旨

2  仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1(一)  原告は、被告株式会社モーダ・ベーラ(以下「被告会社」という。)に対し、昭和四八年七月二〇日、別紙目録記載の建物部分(以下「本件店舗」という。)を、高級輸入婦人服小売店舗に使用する目的で、賃料は一か月二四万四四四〇円で賃貸し、そのころこれを引渡した。

(二)  前項の賃貸借契約(以下「本件契約」という。)には、次の約定があつた。

(1) 禁止事項(本件契約第一〇条)

被告会社は、左記行為をしてはならない。

(イ) 賃借権、営業権等を第三者に譲渡し、又は担保として提供すること。

(ロ) 第三者に、本件店舗の一部又は全部を転貸(共同使用その他これに準ずる一切の行為を含む。)し、又は使用させること。

(2) 届出義務(本件契約第一八条)

被告会社は、左記各号の一に該当する事実が発生したときは、原告に対し遅滞なくその旨を文書で届出なければならない。

(イ) 代表者の変更があつたとき。

(ロ) 資本構成に重大な変更を生じたとき。

(ハ) 本店の所在地を変更したとき。

(3) 契約の解除・損害賠償(本件契約第二一条)

被告会社が、第一〇条、第一八条の各規定の一に違反したときは、原告は催告を要せず直ちに本件契約を解除することができる。この場合、被告会社は損害賠償として賃料の六か月分に相当する金員を原告に支払わなければならない。なお、原告の被告会社に対する損害賠償の請求を妨げない。

(4) 原状回復及び損害金支払義務(本件契約第二三条)

被告会社は、原告の指定する期日までに自己の費用により本件店舗を原状に回復するものとし、これを怠つたときには、被告会社は原告に対し右期日の翌日から明渡ずみまで一日につき賃料月額の一五分の一に相当する損害金を支払う。

2(一)  被告会社は、昭和四八年一〇月ころ、被告鈴木博子(以下「被告鈴木」という。)に対し、本件店舗を転貸し、本件店舗で営業する権利を譲渡した。

(二)  被告鈴木は、昭和四八年一〇月五日、同藤原玲子(以下「被告藤原」という。)との間で、被告鈴木が被告藤原に右営業権を譲渡する旨の契約を締結した。

(三)  被告鈴木は、同年一二月下旬ころ川口勝弘に対し前記本件店舗の転借権を譲渡した。

(四)  被告会社は、昭和四九年三月一三日から、アトム興産株式会社従業員三浦寿雄らをして、本件店舗を占有させた。

(五)  被告会社は、昭和四九年一月ころ、その本店所在地を神奈川県川崎市から東京都千代田区に、その代表者を被告鈴木から川口圭子に、それぞれ変更したがこれを原告に届出なかつた。

(六)  鈴木雅秀は、昭和四九年一月二四日、被告鈴木から被告会社の株式一八〇〇株を、被告藤原、青柳淳子、鈴木敏子、成田三郎、佐藤武嗣から前記株式各三〇株を、堀口等から前記株式二〇株を、それぞれ譲受けて自己所有株式三〇株と合せて被告会社の全株式二〇〇〇株を所有し、同月二五日、アトム機工株式会社(以下「アトム機工」という。)は右株式二〇〇〇株を右鈴木雅秀から譲受けたが、被告会社は右事実を原告に届出なかつた。

3  原告は被告会社に対し、昭和四九年三月一八日到達の書面により本件契約を解除する旨の意思表示をするとともに、本件契約二三条に基づいて本件店舗の明渡期日を同月二三日と指定した。

4  昭和四八年七月二〇日、被告藤原及び同鈴木は、原告に対し、被告会社が本件契約により原告に対して負担することあるべき一切の債務につき、連帯保証した。

よつて、原告は、

(一) 被告会社に対し、本件契約の解除に基づき本件店舗の明渡しを、

(二) 被告らに対し、連帯して、

(1) 本件契約二一条に基づき賃料月額二四万四四四〇円の六か月分に相当する一四六万六六四〇円とこれに対する訴状送達の日の後である昭和四九年四月一六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを、

(2) 本件契約二三条に基づき本件店舗明渡期日の翌日である昭和四九年三月二四日から明渡ずみまで一日につき賃料月額二四万四四四〇円の一五分の一に相当する一万六二九六円の割合による損害金の支払いを、

それぞれ求める。<以下、事実欄省略>

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二同2の事実について判断する。

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

1  被告藤原は、以前から高級輸入婦人服の小売販売業を自ら営む希望をもつていたが、昭和四八年二月ころ、原告が別紙物件目録記載の建物(東郷文化会館)を建設し、同ビルのテナントたる出店者を募集していることを知り、紹介者を介することなく、原告に対し、当時同被告が接触していたイタリヤのオニペネ・ゼンマン社の高級婦人服を主として販売する店舗を出したい旨申入れ、原告の商事部長兼東郷文化会館部長であつた石井宏と種々折衝した結果、その出店許可を得ることができた。

2  しかし、被告藤原には本件店舗の出店条件を満たすに足る資金の持合せがなかつたので、同被告は資金上の協力者を求めてその旨成田三郎に相談したところ、同人から被告鈴木の夫である鈴木雅秀を紹介された。

被告藤原と鈴木雅秀との話合いの結果、同人が本件店舗の出店、内装設備等に関する資金面を、被告藤原が、原告との連絡・折衝、商品の選択、輸入、販売等の営業面を、それぞれ担当し、右両者が共同して本件店舗における高級輸入婦人服の販売事業を経営するとの計画が定まつたが、被告鈴木も鈴木雅秀も輸入婦人服の販売についてはほとんど知識経験がなく、急拠被告鈴木が被告藤原の案内で欧州視察に赴いたりしたものの、鈴木側としては営業面はもつぱら被告藤原に委ね、投下資本による収益ないしは有利な回収に配慮が傾き、被告藤原に資力が生じた場合には本件店舗の賃借権ないしはその営業を同被告に譲渡してもよいとの意向であり、被告藤原も独力で右営業を行いたいという希望はなお強かつた。原告からの要望もあつて、前記目的遂行のため、昭和四八年七月一六日、被告会社が設立されたが、その設立にあたつては、鈴木雅秀が株式払込金一〇〇万円全額を出捐するとともに、所要の株主とその名義上の持株数を定め、被告鈴木に対しては一八〇〇株、被告藤原に対しては三〇株を配分し、被告鈴木が代表取締役に、被告藤原が取締役に、それぞれ就任した。

同月二〇日、前示のように原告と被告会社との間で、本件店舗出店に関して本件契約が締結されたが、原告は、被告藤原をいたく信頼し、同被告が少なくとも取締役として本件店舗の営業に参画することを要望したのみで、同被告が資金的には無力であることを知りながら、同被告に対する出資者である鈴木雅秀の資力ないし信用、同人と被告藤原との関係について何ら調査をしなかつた。本件契約締結と同時に、被告会社を貸主、原告を借主として総額二〇一三万七二〇〇円の金銭消費貸借の予約が締結され、同年一一月三〇日までには鈴木雅秀の出捐で一四〇九万六一一〇円が被告会社から原告に貸渡された。このようにして、被告藤原、同鈴木、鈴木雅秀が本件店舗で、被告藤原の考案した「プリマベーラ・オニベネ・ゼンマン」なる店名のもとに、婦人服小売業を共同して営む手はずは整つたが、なお開店までには、内装設備等の工事、商品の輸入等の仕事を残していた。

3  同年一〇月五日、被告藤原と同鈴木との間で、その内部関係に関し、各自の地位を確認し、あわせて鈴木側の投入資金回収の方途を明確にするため、成田三郎の起草で、覚書(甲第八号証)を作成し、(1)被告藤原は一か月当り金一〇〇万円の設備等利用費を鈴木側に支払うこと、(2)被告藤原は鈴木側が投資した総金額の半額を支払うことにより本件店舗賃借権等を譲受けることができること。(3)(1)の定めに違背する等の場合には被告藤原は共同経営者の地位を退き、なお業務を行うときは従業員となること等の合意をした。

4  同年一一月ころ、本件店舗の内装設備費用等が、当初鈴木雅秀が予想していた三〇〇〇万円をこえ、四、五〇〇〇万円にのぼることが明らかとなつたので、同人は被告藤原との共同事業から手を引くことを希望するようになり、譲渡の相手方を捜していたところ、同年一二月ころ、かねてから知合いのアトム機工代表取締役川口勝弘が本件店舗の譲受けを引受けてもよい意向を示したので、協議を重ねたが、川口勝広は、自己の経営者の基本姿勢として共同経営の形態をとることを好まず、現取締役を全部辞任させること、被告藤原は従業員として止まることを条件とした。鈴木雅秀は被告藤原の地位については従前どおりとすることを希望したが、川口の意思が固いので、川口と被告藤原自身の折衝に委ねた。被告藤原は、本件店舗営業への愛着が強く、また開館の時期が迫つており、原告に対して今さら店舗経営の中止を申入れることはできない立場にあつたので、不本意ではあつたが、右川口の条件に同意した。

昭和四九年一月二四日、鈴木雅秀は、被告鈴木ほか四名の所有名義の株式一九四〇株と被告藤原所有名義の株式三〇株を鈴木雅秀の名義としたうえ、同月二五日事実上全取締役の辞任を取りまとめたうえ自己名義の株式三〇株を合せて右全株式二〇〇〇株を代金二〇〇〇万円でアトム機工に譲渡した。その頃被告会社の本店所在地を川崎市から東京都千代田区に、代表者を被告鈴木から川口勝弘の妻である川口圭子に変更したが、被告会社は、原告に対し、同年五月六日以前にその旨の届出をしなかつた。

5  川口勝弘は、右株式譲受後、直ちに本件店舗の内装工事に着手し、昭和四九年二月二八日までには前記2の貸金残金六〇四万一一〇〇円を被告会社に代つて原告に貸渡し、同年三月初めころ、本件店舗を開店することとなつたが、そのころ右開店記念のオーニング・レセプシヨンを催すことについて、川口勝弘と被告藤原との間で意見の対立があり、結つ局取りやめることとした川口勝弘の意思を無視して右レセプシヨンを開いたことを決定的機縁として、被告藤原は、同月一九日被告会社の取締役を解任され、川口勝弘の命を受けたアトム興産従業員三浦寿雄らによつて、本件店舗への立入りも阻止されるに至つた。

三ここで、抗弁について順次判断する。

1 前示のように、本件契約においては、代表者の変更があつたとき、資本構成に重大な変更を生じたとき、本店の所在地を変更したときには、被告会社は遅延なくその旨を文書で原告に届出なければならず、これを怠つたときは、原告は催告を要せず本件契約を解除することができる旨の約定があるが、右の被告会社の義務自体はその履行が容易なものであり、しかも義務を履行しさえすれば、それで事は終り本件契約に何らの影響を及ぼすものではないから、義務を課すること自体は信義則に反し、又は権利の濫用にわたる約定とはいい難い。ただ不履行の場合に、直ちに解除原因となるとするならば疑問の余地なしとしないであろう。しかし、この約定は、原告と被告会社との間の信頼関係を破壊するような特段の事情が存しないときは解除原因となりえないと解するのが相当であるから、このような歯止めのある以上、この約定をもつて信義則に反し、又は権利の濫用にわたるものとして無効視することはできないというべきである。

2 前示のとおり、鈴木雅秀からアトム機工に対して被告会社の株式が譲渡されたが、右株式の譲渡は全株式であり、しかも役員全員が交替している。この点は、本件契約に定める資本構成に重大な変更を生じたときに該当するというべきであるが、<証拠>によれば、被告会社自身発足以来実質的な経営者である鈴木雅秀のほとんど意のままに運営されてきたいわゆる個人会社であつて、目的たる事業の開始前に右株式の譲渡に及んだものであり、アトム機工に株式が譲渡された後は完全に川口勝弘の意のままに運営されていることが認められ、この事実と右株式の譲渡の態様とを併せ考えると、賃借人として被告会社が存続するものの実質的には賃借人の交替と何ら径庭はないとみることができる。しかも、<証拠>によれば被告会社の右事項についての届出は、原告からの解除の通告又は本訴における主張による指摘がなされた後初めて、代表者の変更については昭和四九年五月七日に、株主の変更については同年六月二五日に、それぞれなしたことが認められる。右各事実及び前示2の本件契約締結の経緯にかんがみると、原告と被告会社との間の信頼関係は破壊されたものというべきである。なるほど、前示のとおり、被告会社が原告に対し昭和四九年二月二八日までに保証金と同様の機能をもつ金員の貸付を終えており、<証拠>によれば、被告会社が開店当時から今日まで、本件建物の他の店舗と見劣りしない状態で営業を継続していることが認められるが、これらの事実を斟酌しても前記判断をくつがえすに足りない。

四請求原因3の事実は、原告と被告会社との間において争いがなく、被告藤原、被告鈴木との間においては<証拠>によれば、これを認めることができる。

五同4の事実は当事者間に争いがない。

以上の次第により、その余の点について判断するまでもなく、被告会社は原告に対し、本件契約の解除に基づき本件店舗を明渡し、被告らは原告に対し、連帯して本件契約第二一条に基づく違約金一四六万六六四〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の後であること記録上明らかな昭和四九年四月一六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに本件契約第二三条に基づく本件店舗明渡期日の翌日である同年三月二四日から明渡ずみまで一日につき金一万六二九六円の割合による約定損害金を支払うべき義務あるものというべく、原告の本訴請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

なお、仮執行の宣言は相当でないから、これを付さないこととする。

(丹野達 渡辺雅文 倉谷宗明)

物件目録、図面<省略>

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